地方自治体における公文書管理の問題点 ~旧優生保護法の事例から~

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 2018年は、自衛隊の日報問題、森友・加計学園問題といった、政府における公文書管理について重大な問題が発生しました。同様に、地方自治体においても公文書管理や情報公開(ディスクロージャー)のあり方が問われた年になりました。

【森友学園、加計学園と公文書管理の問題は「モリカケ問題」の本質 ~国の公文書管理の問題点~を参照ください。】

 それは、旧優生保護法をめぐる公文書の管理の問題です。今回はこの問題を事例に、地方自治体における公文書管理の問題点について解説します。

旧優生保護法とは

 「旧優生保護法」(施行期間:1948年(昭和23)?1996年(平成8)とは、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護すること」を目的とした法律です。制定当時は、海外からの復員者・引揚者、そして第一次ベビーブーム(昭和22~24年)の到来により、国内の人口が増加しました。加えて、戦後の食糧不足から人口を抑制する必要があり、「不良な子孫の出生防止」を名目として、この法律に基づいて国や地方自治体が不妊手術を政策的に推進しました。

 旧優生保護法による不妊手術は、昭和20年代から30年代を中心に全国で行われ、本人の同意なしに強制的に行われたケースも少なからずありました。強制手術を受けさせられた人は、分かっているだけでも1万6,000人以上と言われています。この中には、貧困により学校に通えないために学力が低かったり、非行行為を繰り返したりすることを理由に、"障害者"とみなされて強制的に手術をされたケースもありました。 

  この旧優生保護法は国際的な批判を受けて1996年(平成8)に、「母体保護法」と改称されました。しかし、強制手術を受けさせられた被害者の多くが社会的に弱い立場にあり、社会問題として訴えかける力が弱かったこと、加えて私たちを含めた社会的関心も薄かったことから、このタイミングで国や地方自治体による謝罪や救済が行われることはありませんでした。そして、それから20年以上が経過した2018年1月にようやく、被害者が国に損害賠償と謝罪を求める訴えを起こし、現在も全国で被害者からの提訴が続いています。

被害立証を難しくする現在の公文書管理

 海外でも、行政が主導した強制不妊手術に対する補償と謝罪について問題化していました。例えばドイツでは、ナチスの優生学的な思想に基づく強制不妊手術、安楽死計画の被害者に対して1980年から補償が開始されました。また、スウェーデンでは1997年8月の新聞報道をきっかけに政府が調査委員会を立ち上げ、1999年1月に中間報告をまとめました。そして、一人当たり17万5000クローナ(約200万円)の補償と謝罪をし、1,600件以上の補償が行われました。

 このように、海外では政府が率先して謝罪と救済を行いましたが、日本では行政の姿勢や社会的な関心と時間の経過により、現在に至るまで被害者の救済に至っていません。

 この問題が社会問題化しなかった原因のひとつとして、地方自治体における公文書管理の状況がずさんで、被害の立証を困難にしている点が挙げられます。地方自治体では旧優生保護法が現行法であった当時、手術の対象となった人々の氏名を記載した名簿を作成していました。しかし、その文書が保存期間を満了した際に保存期間の延長措置を行わずに廃棄したり、文書の管理が不十分で記録の存在自体が確認できなかったりする事例も多くみられます。したがって、行政にとっては救済の対象となるべき人々の範囲がわからない、被害者にとっては訴訟を提起しようにも被害を立証するための文書が存在しない、という状況が生まれているわけです。

 公文書については、保存期間が満了した後の文書を歴史的公文書として保存・公開する仕組みを設けている自治体もあります。しかし、文書目録の記載内容が十分でなかったり、未整理の状態のまま死蔵されて、その存在自体が忘れられてしまったりと、市民や専門家がアクセスできない状態になっているところもあります。現用の公文書であれば情報公開制度を使って市民が該当する文書について公開請求をすることができますが、歴史的公文書については条例などで市民によるアクセスの権利を保証していない自治体が多いのです。その場合、歴史的公文書を閲覧・利用することは市民の「権利」ではなく、「行政サービス」の一環として位置づけられ、情報公開制度のように文書にアクセスできない時に不服申立を行う仕組みがありません。

 本来であれば市民にもっとも近い地方自治体がこうした被害者に寄り添うべきですが、保存期間を過ぎた古い公文書の管理が適切でないために、市民の権利保証や被害者の救済を阻害する状況となっているのです。

公文書を管理する目的

 海外と比較して日本は公文書の管理体制が不十分と、よく指摘されます。旧優生保護法をめぐる公文書管理の状況は、まさにこのことが背景にあります。そして、その根底には行政として「何のために公文書を残すのか」という認識が不足していることがあると思います。

 行政は市民に対して強制的な施策を行ったり(徴税や規制など)、優先順位を付けてリソース(資源)を分配したり(行政サービスや補助金など)、社会に影響を及ぼす施策を実行しています。当時は適切または「合法」であったとしても、時の移り変わりによる社会規範の変化によって、その施策が不適切または「誤り」という判断を下されることがあります。

 行政が実施する施策の社会的影響の大きさを考える時、市民生活に大きな影響を及ぼす施策については、その実施に伴う公文書を適切に保存・管理し、後の検証に耐えられるようにするのは海外では非常にスタンダードな考えです。そのような文化があるからこそ、スウェーデンにように必要な公文書を調査し、名誉回復、補償といった迅速な被害者救済が可能だったのです。

 一方、日本では、そのような施策の実施に伴う公文書を残すという考え方が、国・地方自治体ともに非常に希薄です。しかも、今回の旧優生保護法をめぐる事例では、実際は関係する文書を保存していたのに、よく調査しないままに「存在しない」と記者会見で説明し、後に「実はあった」等と説明を覆すようなことも見受けられました。こうした行為は公文書管理に対する意識が希薄であることから生じており、市民からガバナンス(統治)に問題があるとみなされて、行政に対する信頼性を損なう結果につながります。

 日本でも公文書管理に対する意識が高い地方自治体はありますが、適切な管理を実現するための制度の整備や、人材・予算等のリソースがさけないのが実情です。こうした場合、効率的、段階的に公文書の管理体制を整備していくことが必要です。自治体だけで実施することが難しければ、外部のリソースを活用する方法も考えられます。

 ワンビシアーカイブズには、現用文書管理の専門家である「レコードマネージャー」と歴史的公文書を選別・保存する専門家である「アーキビスト」の両方が所属しており、制度設計から実際の運用まで、公文書管理全体のサポートが可能です。公文書管理について、課題を抱えておられましたらお気軽にご相談ください。

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